日替わりヒロインA
2013-01-13


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◆葛西は1998年の長野五輪当時、高校生だった。オリンピックのテストジャンパーをつとめた。唯一の女性テストジャンパーだった。山田いずみとともに日本の女子ジャンプを牽引してきたが、女子ジャンプが初めて国際最上位の大会で実施された2009年の世界選手権の際は代表から漏れた。それでもノルディックスキーの「聖地」とも言えるノルウェー・オスロで行われた2011年の世界選手権に出場。12位に入る健闘を見せた。日本チームでは女子最年長となったが、今もオリンピックで飛ぶ夢を追いかけ戦い続けている。◆史上初、女子ジャンプにとって歴史的第1歩となった2009年の世界選手権。その時の日本代表は、山田いずみ、渡瀬あゆみ、伊藤有希、そして、もう一人が竹田歩佳だった。そのシーズンを最後に引退した山田が抜けた日本チームを支えていくはずのひとりだった竹田は長い不振に陥る。試合には出続けていたが、成績は一向に上向いてこなかった。注目選手として取材、インタビューを受ける機会もなくなっていった。◆12日、HTB杯で優勝した竹田は、「ジャンプがずれていき、分からなくなってしまった。全然楽しくなくなっていた」と苦しんだ3シーズンを振り返った。しかし、今、再び「ジャンプが楽しい」と話す。◆競技環境は必ずしも恵まれているとはいえない。夏まではアルバイト生活。恩師の関係で勤めるようになった病院のリハビリルームではフルタイムで勤務する。就業前に職場のリハビリ器具を使って補強運動やバランストレーニングができたり、シーズン中は休みをもらったり、競技へ配慮してもらってはいるが、練習時間は企業チームや学生といったジャンプに専念できる選手とは比べ物にならないくらい少ない。それでも、患者さんはじめ、周りの人が、「新聞読んだよ」「テレビに出ていたね」などとダイレクトの反応が感じられる。現在、未来への見通しは「明るさしか見えない」と朗らかに笑って答える。明るい未来・・・楽しみである。
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